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2007年9月12日 (水)

9-11<続き>

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会社に到着。しかし人気がない。レセプショニストのパットおばさんも今日は休みだな。
        うーん。我ながらノンキだが、しかしおなかが減った。一階下のカフェテリアにブランチでも買いに行くかな。
        カフェテリアもシーンと静かだ。ドーナツと熱いミルクティーを手にレジにならぶとキャッシャーのお兄さんが
        「今日は無料だよ。なんでも好きなものもっておいきよ」と言ってくれた。
        えっ!? ホント!?
        食い意地だけは人一倍のリンコ、思わずあたりを見回す。こんな時に我ながら情けない。しかし手にはしっかりとオレンジジュースが。
        つまり、こんな日によく会社に来てくれたね。さあ、何でも食べて行っておくれ。という会社の好意なのでした。
        ありがとう会社。

      

しかし待てど暮らせど誰も現れない。
        しばらくたってやっとエディー登場。ご飯がタダだよ、と言うと後ろも見ずにすっとんでいってしまった。
大量の朝食兼昼食兼おやつを抱えたエディーとしばらく雑談をしながら誰かが出社してくるのを待ったが、誰も一向に現れる気配がない。
        いつもなら大勢の観光客でにぎわい、まっすぐ歩くことさえ困難なタイムズスクエアも、今日は閑散としている。いつもは駐車車両がずらりと二重駐車されていて、大混雑する裏通りも今日はガラガラ。
        静かなマンハッタン。こんなの変だ。

      

結局3時間程会社にいたが、誰もやってこないので歩いて帰ることになった。
        3番街までエディーと一緒に歩いたが、お互いに口数が少ない。これからどうなっちゃうんだろう。

        40丁目の3番街でエディーと別れて一人家路をたどる。あ。そういえばこの通りは5年ぐらい前にリンコが住んでいたビルのある通りだ。
        この通りを歩くのも久しぶりだなあ。
てくてくと歩いているとなんだか見慣れないものが目に入ってきた。あれ? なんだろう? 歩道の脇にたくさん花が?

        ドキン、と心臓が波打つ。
        あそこは・・・。


Fdny21st

↑21分署です。

      

リ ンコが初めてミッドタウンのこのビルに引っ越してきたのは、まだ美大の学生だったころ。細長い新しいビルの隣には消防署があった。毎日毎晩、何かの間違 いじゃないのか? と疑いたくなるぐらい、しょっちゅう出動していたので、消防車のサイレンの音がうるさくて、ああ、こんなビルに引っ越してきて失敗した なあ、と当初は思ったものだった。それにも数ヶ月で慣れてしまい、毎朝毎夕通学で消防署の前を通りかかると、出動の合間の暇なファイアーファイター達が「おはよー」とか「いってらっしゃーい」とか声 をかけてくる(いや。マジで)のにも慣れっこになっていた。
FDNYのファイアファイターは世界で最も勇敢だと言われているけれど、最もスケベかもしれないとも思っていた。だって、女性が署の前を通りかかると必 ず、「おーい、どこに行くのー?」と(赤子・幼児・老婆以外は)だれかれ構わず声をかけるし、ミニスカートなんぞはいている女性が通りかかった日にゃ、口 笛は鳴らすわ、拍手喝さいするわ、挙げ句の果てに奥で休憩している仲間まで呼び出して大騒ぎするただのスケベなお兄さん達なんだもの。

      

近づくにつれ、嫌な予感が高まる。
        歩道にあふれかえった花・花・花。そして花に埋もれたたくさんのロウソクの炎。
        あふれんばかりの花の中に、写真が飾られている。
        ここ、Engine21(21分署)のキャプテン・ビリーの写真だ。
        まだ若くて、リチャードギアに似たハンサムなビリー。女性が通りかかる度に大騒ぎしている他のファイアファイター達に混ざって、いつも黙ってニコニコして立っていたことを覚えている。
        NY中のファイアファイターがあの日出動したことも、大勢のファイアファイター達が行方不明になったことも知っていた。
        でも、まさか・・・。
        21分署のレンガ造りの壁に、彼が行方不明になったことを知らせる白い紙がはってあった。
        ビリーは、一通り救助活動を終えた隊員達に避難するように命令すると、自分は救助活動を続けるために一人サウスタワーに戻っていったそうだ。
        そして彼がサウスタワーに入って行った数秒後にサウスタワーが崩壊し、ビリーは二度と戻って来なかった。

      

たくさんの花に囲まれているキャプテンの写真。
        横には誰が作ったのだろう、言葉を刻んだ石版が置いてある。

      

No farewell words were spoken
        No time to say Good Bye
        You were gone before we knew it
        and only God knows why
        別れの言葉もなく
        さようならを言う時間もなく
        あなたは知らぬ間にいなくなってしまった
        そして私たちには、
        神の身ならぬ私たちには、その理由は永遠にわからない

      


        誰もが、いつ何が起こって命を失ってもおかしくないのだ、と実感した一日。
        あの日、まるで悪い夢を見ているみたいだった。宙を浮いているような実感のない、そして終わりのない悪夢を。
        悲しみの感情が生まれる以前に、ただただ呆然としていたあの日。
        目に痛い程の青空の下、むせかえるようなたくさんの花の前で、初めて私はアスファルトの歩道にしゃがんで泣いた。


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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

一昨日、NYPDブラスのSeptember Concertを聞いていたら涙がでました。(陽気な曲だったのにね)
ビリーさんを知らなくても涙がでます。
理不尽な死は悲しすぎます。。。

投稿: miyu | 2007年9月13日 (木) 08時17分

私はNYUに少しの間通っていたので、WTCはマンハッタンで一番愛着のある高層ビルでした。 NYC最期の日もWindows of the Worldに行ったし…。 あの事件の日、私は(東京で)一人遅くまで残業をしていたら、隣の部署の一度も会話を交わしたことの無かった人が「xxさん(私の事)、なんか、NYすごいことになっているみたいだよ」と言ってきました。 家に帰った後も、TVに釘付けになって眠れなかったのを覚えてます。

友人の一人は当時、WTCの目の前のオフィスで働いていたので、とても心配したのですが、その日は体の調子が悪く、会社を休もうと電話を入れた際、電話に出た秘書が"oh my god, WTC is falling down!!! I've gotta leave!"と言って電話を切られたらしいです。 そんな運の良い友人がいるかと思うと、一方、他の友人の元クラスメートで私も面識のある子が、妊娠7ヶ月で旦那様と2人(2.5人?)、WTCに突撃した飛行機に乗っていました。
人生って、自分でコントロールできない部分もあるものですね…。

ちょっと暗くなり過ぎそうなので、話題を変えます。実は私、リンコさんと十数年前、電話で話した事があるんですよ。フンフン氏宅で、本人が酔払って眠り始めたとき、電話が鳴ったんです。 まだ眠りはじめだし、起こせば電話とると思って、受話器を取ると、リンコさんが「ボンジュール! もしもしぃー?」って元気良く言われたんですね。 で、フンフン氏、ゆすっても、つねっても、眠りコケて電話に出ようとしないから、私が「すみません、起きないみたいです」みたいな答えをしたんです…(会話じゃないか)。

十数年過ぎた今、ツッコミ入れさせてください。 

「夜に電話してんだから、"bonjour" じゃ無くて"bonsoir"なんだけど」

失礼しましたー。

投稿: Churiko | 2007年9月13日 (木) 08時11分

こうした悲惨な出来事が起こると、日々の何気ない日常がいかに大切かに気づかされる。大震災を経験し、そしてこの9-11を知って、毎日を納得のいくように過ごそうと思った。あれから六年、世界情勢はますます悪化する一方だ。

投稿: 卯月堂 | 2007年9月13日 (木) 04時45分

フンフンさんのコメントが妙に切ないです。
あのニュースを見ていた当時の大人はきっと、忘れないと思いますよ。

投稿: EVA | 2007年9月13日 (木) 04時35分

ご無沙汰しております。


当時知人が、アメリカ横断旅行の最後に「昔住んでいたN.Y.に立ち寄るんだ。」と言っていて、詳細が掴めなかった私は心配で心配で溜まりませんでした。幸い彼は無事でしたが、何年経ってもこの心の痛みが風化する事はありません。。。
記事を読んで、また号泣してしまいました。

投稿: teru | 2007年9月13日 (木) 04時03分

こんなに短い言葉の中に
かなしくて切ない想いがいっぱいいっぱい詰まっていて
わたしも泣けてきました。
遺族の方たちに心から笑顔になれる日が1日でも早く訪れますようお祈りしています。


投稿: yayo | 2007年9月13日 (木) 01時46分

思い出すね。あの日の事も。その後の事も・・・

9・11から6年後。L.A.でアメリカ生まれの韓国人の女の子に会いました。

今日は9・11。今年は、L.A.で爆弾が爆発するのよ。もう、N.Y.は古いは!だって!・・・

ふざけんな!おめーがオムツしてる頃に、俺はN.Y.で9・11を経験してるんだよ!てめーは、9・11の後にNYで何があったのか知らねーくせに、何言ってんだ馬鹿野郎!と、思いつつも・・・
こうやって、人々は昔のことを忘れていって、全ては風化していくんだなと思いました・・・

と、酒を飲みながら書いていると、9・11の日のことと、その女の顔が浮かんできて、不思議な感覚になります。

その後のコメントは、皆さんにお任せします。

投稿: フンフン | 2007年9月13日 (木) 01時26分

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