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2009年6月

2009年6月30日 (火)

今日は松井対イチロー

昨日はココログメンテナンスでアップできませんでしたー。

そして、松井対イチローって言っても、外野手同士なんで対決はしないんですけどね。
ヤンキース対マリナース戦を見てきました。
試合直前に大雨が降り、試合開始が一時間遅れたこともあり、帰宅はついさっき。
しかも、アテにしていたローストビーフが完売で夕食もロクに食べられずじまいで、帰ってからアンパンとメロンパンをガバガバ食べて、今胸焼けです。
ということで、すんません。
レポートは明日です。

あー胸焼けが苦しい。

↓イチロー、外野でド暇そうに見えたけど気のせいですよね。
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2009年6月28日 (日)

バブルス君

しつこくてすんません。
でも、あまりに気になったので調べてみました。
そうしたら、びっくりしたんですが、バブルス君はまず26歳なんですね。
そんでもって、カリフォルニアの農場で幸せに暮らしているらしいんですが、彼のお世話をしているとある人物が言うには、2003年に自殺未遂したらしいんですよ。いえ。バブルス君がです。
チンパンジーはとてもとても利口な動物なので、人間と同じ様な記憶を持ち感情を持っているので、もしかしてマイケルとお別れしたことがトラウマになって、自殺未遂なんてしちゃったんでしょうかね。
それで、そのマイケルとのお別れなんですが、どうもバブルス君がデカくなりすぎてちょっと乱暴になっちゃって、マイケルの子供達(人間のね)と一緒に暮らす事が難しくなったのが理由らしいです。
でも、マイケルは定期的にバブルス君の元を訪問し、語り合い(?)、時に子供達を連れてバブルス君訪問もしていたそうです。
おおそういえば。マイケルの子供達は全員3〜4カ国語話せるそうです。マイケルはとても良いお父さんだったそうで、子供達はとってもお利口でお行儀が良いという証言がたくさんありますね。
で、バブルス君ですが、そのお世話をしている人の証言ですと、マイケルのペットであった時期もほとんどの時間をバブルス君はその人と過ごしていたそうで、ムーンウォークも彼が教えたそうです(バブルス君にね)。
そんでもって、私がかなーりびっくりしたことには、マイケルは彼の遺産の全てをマコーレ・カルキンに遺したっていう話が出てるんです。本当かどうかはまだ未確認ですけど。
で、マコーレ君は、ダイアナロスの強い要望に応えて、バブルス君の親権をダイアナに譲ると言っているそうです。
んじゃ、ビートルズソングの版権はどうなるんでしょうか。
やはりマコーレの手に?

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↑かつてのバブルス君。マイケルとオソロのお洋服を着てましたよね。

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↑最近のバブルス君。すっごくおサルっぽいですね。

追記:騙されました…。マコーレカルキンとダイアナロス情報は、真っ赤な嘘でした…。すんません…(iдi)

↓何を考えてるんだ、マイケル…じゃなくてお前だリンコよ。
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2009年6月27日 (土)

nobody can sing like MJ

ちょっと出遅れた話題ですが、マイケル・ジャクソンが突然亡くなってしまいました。
当日の夕方、ニュースを見ていたら突然飛び込んで来たBreaking Newsにびっくり。慌ててネットニュースを検索すると、すでに『死亡』の情報が出始めたところでした。

私は特別彼のファンだったわけではありませんが、それでも皆さんと同じく、彼の事を知らずに生きてくるのは不可能な時代に産まれて育ってきましたので、そんな彼がこんなに若くしてあっという間にいなくなってしまったことはとてもショックです。
ハリスの墓場の話をしている時にマイケルの話になり、私が"nobody can sing like Michael Jackson"って言ったらポールも"nobody can dance like Michael Jackson"って言ってました。歌や踊りに超縁が無さそうなポールでさえも、そんな認識を持っていたマイケル・ジャクソン。やっぱり凄い。
そして、私が今とっても気になっているのは、おサルのバブルス君の行く末。ていうか、今彼はいずこに?
そうしたら、ポールも同時に『あのチンパンジーはどうなったのか気になる…』って言ってました。そうか。ポールでさえも気になるのか。それにびっくりしたんだけど、バブルス君はチンパンジーだったんですね。私はおサルだと思っていたんですが。いや。もっと言うならおサルとチンパンジーって、どこが違うんですかね。

ちょっとネットで検索してみたら、バブルス君はカリフォルニアの牧場で幸せな老後を過ごしていて、マイケルは二代目だか三代目だかのおサル(かチンパンジー)と一緒に暮らしていた、っていう噂が出ていました。
本当はどうなのかな?

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↑ジャネットやラトーヤにそっくりですね、この顔。

私は彼はスリラーの頃が一番かっこよかったなあ、って思います。
それにしても、ホント、もう二度とあんなエンターテイナーは登場しないかもしれないですね。
どうか、彼の魂が安らかでありますように。

↓ばいばい、マイケル。
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2009年6月26日 (金)

墓場巡り

今回のニューヨーク訪問で、リン父が希望していたアトラクションの中の一つ。
それは『グリーンウッドセメタリーで、タウンゼント・ハリスの墓所を発見すること』。
何かの本か記事で、『旅の絵本』で有名な安野光雅さんが『タウンゼント・ハリスの墓所を見たくて渡米の折にガイドを雇って探しまわったが、結局見つけられなかった』と語っているのを読み、俄然興味がわいたようなんです。
実を言うと、ずっと以前私が大尊敬する師匠(と勝手に呼ばせていただいております)島田荘司先生にも『リンコさん。タウンゼント・ハリスの墓がNYにあるはずなんですが、どこにあるかご存知ですか?』と低音の魅力(メールだけど)で問い合せをいただいたことがあったんですが、その当時調査能力というものから見放されていた私は(今も結構見放されてるけど)、必死のパッチで調べたもののハリスさんが全くどこにどうなって埋葬されたものなのかさっぱりわからずちんぷんかんぷんだったんです。
が。
偶然って恐ろしい。
消防士ポールに『かくかくしかじかでリン父がタウンゼント・ハリスって人のお墓を探したいらしいんだけど、ずっと前に調べてもわからなかったんだよねー』って何気なく言ったところ『そんなに有名な人なんだったら、多分グリーンウッドセメタリーに埋葬されてるんじゃないかな?ボクの先祖が代々埋葬されているNYで一番大きな墓場だよ』って教えてくれたんです。
いくらなんでもそんな偶然ないよねーと思いつつ、『Townsend Harris, Greenwood』で検索してみたら、見事ヒット!ホントに埋葬されていましたハリスさん。
しかもそのセメタリーは、リン家からまっすぐ南に徒歩20分ほどの距離にあるんです。
折しも今日は久々の快晴、夏日和。
出かけましたよ老夫婦を引き連れて。
そして、セメタリー入り口に到着後、管理事務所の『墓場検索PC』を使わせてもらい、ハリスさんの墓所の正確な位置地図までプリントアウトし、安野光雅さんも島田先生も発見できなかった(お前のせいじゃ)ハリスさんの墓所を見事発見しました。

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↑グリーンウッドセメタリー正面入り口。立派です。凄いです。

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↑さすが有名人墓場。バーンスタインの墓所まであります。

何せ広大な墓地です。迷いに迷いました。地図を持っていても、日本の墓地のようにきちんと区画分けされていませんので、実際に人々が埋葬されている地面を踏みつけて探しまわらなければなりません。
リン母なんか『申し訳けありません。ごめんなさいね』って呟きながら、そーっと端っこの方を歩いて居ましたし、日差しはギンギンだし、もう駄目かと諦めかかったころ、やっと見つけたんです。ハリスさん。

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↑あった!ハリスさんの墓!

さすが古びた墓石ですが、記念碑のようなものが新しく寄贈されていてとてもきれいでした。

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↑日本語の碑文も。

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↑こんな木陰にひっそりと。ハリスさんの頭上には、桜の樹が枝を広げています。背後には石灯籠まであります。春には桜が満開になって、きっとキレイだろうなあ、ってリン父が感慨深げに言っていました。

念願のハリスさんの墓所を見つけたリン父は大喜び。
ほうー。ほうー。と感嘆の声をあげながら、じっと英語の碑文に見入っていました。
リン母も、地面の石碑に乗っていた濡れた落ち葉を拾い上げてから小さく手を合わせていました。
そうか。この人が牛乳好きのハリスさんか。
現在のNYクイーンズに、とても重要な学校を設立した業績の方がアメリカでは有名なハリスさんですが、日本では『唐人お吉』の伝説が有名ですよね。これも後に作られたお話だそうですが。

緑が一杯で、鳥の鳴き声が美しく、空気も澄み渡っているすばらしく広大な都会のど真ん中にある墓地。実は1900年代には旅行者や家族連れがピクニックに出かけるナンバーワンスポットだったそうです。
墓場でピクニックかあ。
確かに静かで穏やかで平和な心持ちになる場所だけど、ゴザの上でおにぎりを食べていたら、となりで幽霊がサンドイッチを頬張っていたりしたらチビるかもしれないから、やっぱりちょっと遠慮しときますかねえ。

Photo
↑春先のハリス墓。桜が満開だ。ハリスさん、たまには日本のこと思い出してくださいね

↓ここも桜。
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2009年6月24日 (水)

ボストンフェンウェイパーク

ボストン初日は土砂降り。
翌日も午前中は晴れたかと思ったら、午後小雨が降ったりして野球観戦がとっても心配でした。
皆さんがコメントしてくださった通り、レッドソックスは松坂、アトランタブレーブスは川上が登板予定でしたので、リン父がすっごくすごく楽しみにしていたんです。
どうかどうか、曇り空でもいいから雨だけは降らずに無事試合が始まりますように…。と親子三人で祈っていたんですが、見事試合開始前から青空が広がりはじめ、球場に到着した頃には目が痛いぐらいの日差しまで。
ひゃー。よかった!

特にリン父がとっても楽しみにしていたフェンウェイパーク訪問。
まずは正面入り口をじーっと眺め、「おっ。ここのこの角度でいっつもテレビに映ってるんやな!」と言ったり、「この辺りがグリーンモンスターの裏側かな?」とキョロキョロしたり、とってもとても嬉しそう。球場周辺を半周し、そこここで売店のお兄さんが大声を張り上げたり、音楽がガンガンなっていたり、ボストン名物のソーセージ(つまりホットドッグ)屋台がじゅーじゅーと良い音をさせていたり。賑やかで楽しい雰囲気が満ちています。
リン父は嬉しそうーに「そこらの屋台で何か食べよか」とウキウキですが、外食い立ち食い立ち飲み絶対拒否のリン母は、眉間にしわをよせて「私、いらない」。
まあそういわず何か買おうよ、とリン父と一緒にリン母の背中を押し、屋台のホットドッグとコーラなんかを買い込み、入場前に外のテーブル席で軽く食事をしました。
が。
頑固なリン母は、もちろん一口も食さず。アイスティーにさえも手を付けません。
もーしょうがないなー。とだぼんだぼんになったお腹に、無理矢理アイスティーを流し込み(なぜ?)、大勢のレッドソックスファンが群れをなしている球場内に入りました。
いやー。真っ赤ですよ真っ赤。
いつもチカちゃんに連れて行ってもらうヤンキースタジアムは、やっぱりブルーですからね。
こんな真っ赤な球場、初めてです。
ヤンキースタジアムとはまた違う活気があって、いかーにもレッドソックス、って感じの球場でした。

Fenwaypark Board
↑フェンウェイパーク入り口周辺。 ↑Matsuzakaの名前が見えますねー。

シートはインナーフィールドのライト寄り。凄く良い席です。
そこらじゅう真っ赤っかなのが目に痛いぐらいです。
Seat
↑真っ赤。シートもTシャツも何もかも、赤です赤。

Greenmonster2
↑リン父がかねてから見たかったグリーンモンスター。リン父は、テレビで見るよりずっと小さく感じたそうです。

Matsuzaka1
↑松坂だー。立ち上がり、絶不調でした。

Matsuzaka2 Matsuzaka3
↑この後、故障者リスト入りしてしまった松坂選手。がんばって早く復帰してくださーい。

Ossan
↑観戦中、ずーっっと気になっていた、帽子食い込みおっさん。
痛くないんだろうか。私だったら頭痛でたまらんけどな。

Matzuzakavskawakami
↑偶然にも日本人投手対決が見られて、本当によい思い出になりました。

この後リン父はずーっと超ゴキゲン。普段からほがらかな父ですが、さらにほがらかで饒舌で、本当に楽しそうで私も嬉しかったです。
リン母も、ホテルに戻ってラウンジで軽食を食べ、ご機嫌でした。
ちなみに、ミーハー心に負けてレッドソックスキャップを買ってしまったことは、ヤンキーファンのチカちゃんにはナイショです(ってバレとるやないか)

↓野球観戦も楽しいですねー。
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2009年6月22日 (月)

閑話休題/リン両親的大失敗

ボストンはまた明日から書きますが、昨日ちょっとリン両親を置き去りにして出かけた時のこと。
出かけたとか言ってもですね。チョビ散歩に行っただけなんですよ。長めのチョビ散歩。
出かける前にリン父が
「風呂入れてくれんかね」と言ったので、へいへいとお風呂を洗って風呂桶にお湯をはりはじめたんですよ。ちなみにリン父は「母さん、水くれんかね」「母さん、お茶いれてくれんかね」「母さんお昼は?」という調子で、もうキッチン関係はお湯も沸かせないほど何もできません。アメリカに来た途端、ドアノブの回し方もわからなくなるリン母にも困りますが、リン父もお湯ぐらい沸かせるようになってくれないと、私やリン母も困ります。
でもまあ、そういう議論を交わすほどのことでもなかったので、お湯を出しはじめてからチョビ散歩に行く事にしたんです。
出かける間際にリン父に
「お父さん。お風呂あと5分ぐらいでいっぱいになるからね」と声をかけました。リン父も「おっ。よっしゃよっしゃ。ほんならあと5分ぐらいで適当に湯をとめて入ったらええんやな!」
とご機嫌で返事。
ついでに奥のバスルームで歯を磨いていたリン母にも声をかけました。
「お母さん。お父さんのお風呂いれてるからね。ちょっとチョビとでかけてくるけど、お湯番よろしくね」
「はいはい。いってらっしゃい」
と良いお返事でした。二人とも。

小一時間後、帰宅するとリン母がムゥーとした表情でダイニングテーブルに向かって座っていました。
「…た、ただいま…」
「れいこちゃん…」
「うん?」
「失敗したわよ」
「な、何を…?」
「大失敗」
ひいー。コワいようー。
「何を失敗…?」
「お風呂よ」
「お風呂の何を失敗…」
「お父さんがね。もうバカみたいなことするのよっ」
ひー。バカみたいなことって…。
「お湯をとめようとしてシャワーを出したのよっ」
お湯をとめようとしてシャワーを…。なんでまたそんなことに。
「あんなもん、蛇口の栓をひねればいいのに、栓を回したら冷たいお水になったからなんかわけのわからんことしたらシャワーになったって言うのよっ。もうっっほんとにお父さんったらわけがわからないんだからっっ」
プンプン怒っていますリン母。私もわけがわかりません。
「えー。でもー。なんでそんなことに…」

と話し合っているところに、リン父がベッドルームからのそのそと出てきました。
「まあ、何を言われてもしゃあないけどな…。蛇口ひねったらつめたーい水がでてきよるんや。あっこらいかんわっ、と思ってな。なんかしらんけどそこらのボタン押したったんや。そしたらつめたーい水のシャワーがシャワーと出てきよってん(ホントにこう言った)。しゃあないで」
「何がしゃあないでですかっっ。そんな適当なボタンなんか押すからでしょっ」
「そんなこと言うたかておまえ。つめたーい水なんか出てこられたらそら慌てますがな」
「だからってどうしてそんなボタン押したりするのよっ」
「そういうけど母さんかて慌てておたおたしたやないか」
「おたおたしたけどそれはお父さんがわけのわからないことしてシャワーなんか出して大声で呼ぶからでしょっ」
「まあそうやけどな。そんでもええやんか。ちゃんとしまいには止まってんから。まあな…何を言われてもしゃあないけどな…」
「何を言われてもしゃあないって、別に私はお父さんの悪口を言っていたわけではありませんっっ」
「あーはいはい。ほな、もう寝るわな。おやすみー」
リン母の肩をポンポンと叩いて、リン父はゴソーとベッドルームへと立ち去ってしまいました。

そして今日、再び「風呂入れてくれんかな」という声が聞こえてきましたが、リン母の「お父さんっ!ちゃんとこっちに来てお湯の入れ方と止め方ぐらい覚えてちょうだいっ」という叱責の言葉に、ノソノソとリン父がやってきました。
夫婦二人でワーワーと騒ぎながら、なんとかお風呂のお湯を入れ始めた様子。
そしてリビングに戻って行くリン父に
「お湯の様子ちゃんと見て、とめてくださいねっ」
とリン母の追撃。
「あーはいはい。わかりましたー」と適当な態度で返事をするリン父。
どうなるのかね、と思って聞いていると、リン母が私の部屋の入り口前でゴーと突っ立っているんです。
「あの…お母さん、そこで何を…?」
「お父さんが本当にお湯を止めに行くかどうか、ここで見張ってるのよっ」

…。リン母。コワい…。

↓結局リン父は、無事お湯をとめることができました。あーホっとした。
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2009年6月21日 (日)

帰ってきました〜

土砂降りだのハイヤーが来ないだの、あれこれあれこれ発生してホントにどうなることかと思いましたが、ボストンに到着してからも、事はなかなかスムーズに運びません。
まずはホテルにチェックインし、荷物を置いたらすぐに両親がかねてからずっと行きたかったボストン美術館に行きました。
父は浮世絵コレクション、仏像彫刻を10年以上習っている母は、仏像がお目当て。
だったんですが。
仏像はShrine Roomという世にも恐ろしい部屋に、6体ぐらいの仏様があおるような暗めの照明に照らされて展示されていました。当然入り口に立った瞬間、ちょっとだけチビりました。
仏像でチビった後は浮世絵探しです。が。浮世絵コレクションが一点も見当たりません。
どこだどこだと探しまわったあげく、そこらへんにいたおばさんに訊いてみると
「工事中で全部しまっちゃった」
ですって…。
両親共に「がーーーーーーーーーーーーーーーーーっがり!」と百万回ぐらいぼやき倒し、しまいに「腰が痛い」「めまいがする」と両親共に伝家の宝刀をふりまわしはじめましたので、一旦ホテルに戻る事にしました。
が。
ロビーに出てみると、外はどしゃどしゃ降り。
「どないすんねん」
と父に言われ、警備員のおじさんに「タクシー捕まえられる所、どこですかっ」とすがりました。
「そこのタクシー電話から電話すればタクシーが来てくれるよ」
と教えられ、タクシー電話から電話。
5分ほどでホントに来ましたよ。タクシー。

さくっとホテルに戻り、夫々の部屋で小一時間ほどくつろいだ後は、年寄りに合わせて早目のディナーに行く事にしました。
レストランは先だってキヨPと一緒に行った、ボストンで一番古い(もしかしてアメリカで?)というふれこみのUnion Oyster Houseです。
お食事の味はまあなんというかそれなりっていいますか…なんですが、座った席が最高でした。

最初奥の奥にある、シケたファミリー席に案内されたのですが、あまりの雰囲気の悪さに案内のおばさんに文句を言ったんです。
「両親が日本から来てるのに、あんな席じゃあんまりです。他のもうちょっと雰囲気の良い席に変えてください」
すると二人いた案内おばさんの一人が「ブース18…」ともう一人のおばさんに囁いたんです。
何のこっちゃ、と思って見ていると
「18…。誰も予約していないの?」
「ノー。空いてるわよ」
「…そう。じゃあ18をあげていいわよ」
もったいぶった会話。ブース18って何?座った途端テーブルの真ん中に穴があいて、そこからロッドスチュワートが登場するのか?(なんで?)
と思いつつ、案内されるがままについて行くと、おおお…これは…。



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↑ケネディ元大統領おキニの席です〜。

ボストンの人々の敬愛を未だに一身に受けているケネディ元大統領が、Union Oyster Houseを訪れた時に座ったブース席です。

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↑さらにアップで。ここに行く機会があれば、是非事前に電話で『ブース18』をご予約されることをお薦めしまーす。

ひょー。こりゃ良い思い出になるわー。
リン父リン母共々、とっても喜んでいます。
JFKはどこに座ったのかしらねえ?
ジャクリーン夫人はお隣かねえ?
アンタが座ってる席は、ボディーガードが座ってたのかもねえ。
なんて会話を交わしながら、お決まりのクラムチャウダーとブキミな見た目のソフトシェルクラブなんかを楽しみました。

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↓この時点でまた小雨。野球がとっても心配でした〜
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2009年6月18日 (木)

ボストン初日

朝から土砂降りでした。 しかも、予約していたカーサービスが玄関前に来ておらず、土砂降りの中かけずり回ってやっとタクシーを捕まえるハメに。しかもマンハッタンに通じるトンネルがアホ混みで、15分ぐらいでつくと思っていたのに、小1時間かかる始末。しかもマンハッタンの駅に到着した時もさらに土砂降り。車から駅入り口までの数秒間で、顔がダダ濡れになるぐらい濡れました。 この時点で出発時刻の15分前。 両親が『トイレに行きたい』と騒ぐので、トイレまで案内してからチケットをプリントアウトしなければなりません。でも私もトイレを死ぬほど我慢していたんです。 両手に傘3本、両親の荷物、私の荷物、パソコン、ハンドバッグを抱え、もうテンパりの極致です。 チケットをセルフサービスのマシンでプリントアウトし、必死で時刻表を見上げると『スタンバイ』の表示。 はえ?と思ってそこらにいた駅のおばさんに事情を訊くと『さあ。どこのプラットホームから出るかはわからないから、アナウンスを待ってちょうだい』。 てああた。 今もう出発の5分前なんですけど。 トイレは限界に達しつつあるし、やっとトイレから戻って来た両親は「どこ〜?まだ〜?どうなってるの〜?」と呪文のように唱えます。 ああもう駄目かも、 と思い始めた頃、やっとアナウンスが流れ、大量の人々がゲートになだれ込みはじめました。 両親を急かしてゲートをくぐり、やっと電車に飛び乗りました。 テーブル付きの座席をゲットし、荷物を棚に載せてやっと一息。 はー。 もう駄目かと思ったよ。 必死でトイレに駆け込み、戻る途中で両親のために朝食をゲット。 エッグマックマフィンみたいなものとコーヒーです。 三人でもぐもぐと美味しくいただき、この後3時間半はPCを開いて仕事をしながら、「あれなに?」「ここどこ?」「まだ?」「あとどれぐらい?」「なんであそこにあんなものがあるの?」「あの家なんで壁が赤いの?」「あの橋何?」「あの船なに?」「なんでここに切符が挟んであるの?」「どうしてあの車掌さん丸刈りなの?」という質問に必死のパッチで答え続けました。 …はーはー…。

<続く…しくしくしく>

↓まだ土砂降りだし。明日野球大丈夫なのかしら…。
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2009年6月17日 (水)

明日からボストン

明日から、リン両親と共にボストンに2泊3日の旅に出かけます。
片道3時間半から4時間の旅ですが、列車にPCを持ち込んで、仕事しながらの旅です。
毎日大ボケな会話を交わしている両親との、久々の小旅行。楽しみですが、どのぐらい頭がヘンになるか、コワい気もします。
ちょっと更新怠るかもしれませんが、帰って来たらお土産話をたくさんアップしますね〜。

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↑こんな状態になっていなければ…。

↓がんばれリンコ!
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2009年6月16日 (火)

親子

毎日怒涛の両親攻めです。
「なんで?」「これ何?」「どうするの?」「やめなさい」「ちゃんとしなさい」「さっさとしなさい」をワンセットに、一日1000セットぐらい言われています。まるで小学生の頃に戻ったようです。

リン父の日課はチョビの朝散歩から始まります。
朝食後食休みをしているチョビを叩き起こし、ウ○チ袋をポッケにつっこんでテクテクと近所のドッグランと公園に出かけ、30分ほどで戻ってきます。
その後、ベランダからの風景をスケッチし、下絵がすむと色付けをはじめます。
下塗りの絵の具が乾くまでの間、手作りの碁盤(厚紙に定規で線を書いて作った力作)で独り囲碁をはじめます。参考書を片手に「うううーん。これは難しいなあ…」などと独り言をいいながら小一時間ほど囲碁に取り組みます。
そうこうしているうちにお腹が減り始め、「お昼はまだかいな」と言います。
お昼御飯がすむと、絵の具が乾いたところにさらに色付けです。
これは色々とバージョンがあって、お絵描きの途中に読書や居眠りも混ざります。

一方、リン母の日課は私を叩き起こすことから始まります。
「ちょっとアンタいい加減に起きなさい!」
ドアをバーン!と開けて眉間にしわをよせて大説教一発目です。
ひー心臓がとまるよう、と私が飛び起きると
「もうほんとにっ。アンタっていつまでたってもそんなんじゃ、もう嫁の貰い手ないわよっ。大体どうするつもり?そんな年になってまだそんないい加減なことで、将来どうするつもりなのっ」
と、朝っぱらからものすごーく複雑な説教&小言の嵐が始まります。
この説教の合間には「あーしんどいわ。お母さんもう駄目だわ。ゆうべはものすごく熱が出たと思うぐらいしんどかったわ。やっぱりだめだわ。もうこれでアメリカ旅行は人生最後だわ。二度と来られないわ」というセリフが随所にちりばめられます。
これはほぼ一日中同じ調子でくりかえされ、時々「食べ過ぎて胸がムカムカする」とか「めまいがして駄目」とか「地面がフワフワしてフラーとするわ」とか「湯当たりして調子が悪いわ」とか「食欲全くないわ。調子が悪いわ」が別バージョンとして加えられる場合もあります。でも、見ている限りチョー元気です。でも、「お母さん元気じゃん」というとすっごく気を悪くします。「そんなことないわっ」と言ってフン!と横を向きます。
でも、やっぱり家庭内で一番元気で権力を誇っているのはリン母だと、私はおもいます。

そういえば先日、肩の治療で診療所に行った時、ドクター・チンが教えてくださいました。
『あなたの親が同じ事を繰り返し繰り返し言った時、どうか怒らずに辛抱強く聞いてあげてください。彼らは、あなたが子供の頃に親に対して行ったと同じ事をしているだけなんです。あなたの親が何度も同じ質問を繰り返した時、どうか怒らないで辛抱強く答えてあげてください。彼らは、あなたが子供の頃に親に対して行ったと同じ事をしているだけなんです』
という名言です。
人は歳を取るにつれ、子供に帰って行くのかもしれませんね。
そういえば、父方のばあちゃんは亡くなる数年前から大ボケにボケまくっていましたけれど、赤ちゃんのように屈託の無い可愛い笑顔で「ヒロコさん。あんた赤ちゃんどこやったん?」と私に問いかけ、チビリそうなぐらいビビらせてくれたものでした。
これで最後のアメリカ旅行になるとは到底思えないほど元気なリン両親ですが、だんだんと親孝行できる時間も少なくなっていくわけですからね。やっぱり悔いの残らないよう、一生懸命笑顔で、どんなにわけのわからん質問でもちゃんと答えようと改めて思いましたです。まあ、夕食のおかずの卵焼きからほうれん草のおひたしまで、一つ一つをいちいちお箸でつまみながら「コレ何?」と訊くのや(byリン父)、洗濯機のふたを指差して「これどうやって開けるの?」とか、洗いあがった洗濯物を指差して「コレ、どうするの?」とか、水道の蛇口を指差して「コレどうするの?」とか訊くのは(byリン母)できればやめてほしいですけどね…。

↓がんばれリン両親!
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2009年6月14日 (日)

両親の会話

今日は色々とイベントがあったんですが、それぞれについてはまた後日お知らせするとして、さっきリビングルームで交わされたリン両親の会話が衝撃的だったのでちょっと…。

私がベッドルームで仕事をしていたら、消してあったテレビをつける音が聞こえてきました。
おや。寝る前にニュースでも見るのかな?
と思っていると、リン母がリン父にこう訊く声が聞こえてきました。

「何をしようと思ったの?」
「え?」
「何がしたかったの?」
(『何がしたかったて、テレビを見たかったに決まっとるやないか』と自室で密かにつっこむ私)
「え?」
(『耳遠いんかい!』とつっこむ私)
「なんでテレビつけたの?って訊いてるんじゃないのっ」
(リン母キレそう…)
「…?え?あ?ああいや。テレビ消そうと思ってな」
(…は?…)
「はあ?」とリン母。
「いや。そやからな。テレビ消そうと思ったらついてしもたんや」
(……は、はあ?…)
「はああ?」とリン母。
「ちゃうねん。テレビ消したろか思ってな。ほんでなんか知らんけどついてしもたんや」
(…な、何を言うとるんや…)
「何を言ってるのよお父さんったら。わけがわからないわ」
「いや。そやからな…」
「テレビだったらさっき私が消したじゃないの。消えてるのわからなかったの?」
「うん。そうみたいやな」
「そうみたいやな、ってお父さん。何言ってるのよ」
(ホントに何言ってるんだ…)
「いや。なんか赤いのついてるとついてるんかと思ったんや」
「?????さっぱりわけわからないわ」
(私もさっぱりわからんぞ…)
「いやまあとにかくやな。テレビ消したろと思ったら逆についてしもたから、まあついでにちょっと見てみたんや」
「あっそ。なんかわけわからないけどもういいわ」

…す、すごい。
わけわからないけどもういいわ、ときたか。
これで事態がおさまるなんて、さすが老夫婦。
年輪を感じましたよ…。はい…。

↓口出ししないでおくのに必死のパッチでしたわよ…。
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2009年6月13日 (土)

さらに

いやー。リン母の謎発言をこんなに皆さんが即理解してくださるとは。
それどころか、『私もそうかも』な方まで!
私はあまりに毎日コレにさらされているものですから、数秒ごとの謎発言にほとんど脳みそがマヒしかかっております。
今日はマンハッタンに車で出かけたんですが、私がウインカーを出すと毎回こういう会話になります。
「右に曲がるの?」
「うん」
「ここを右に曲がるの?」
「う、うん」
「ここ?ここを右に曲がるの?」
「…う、うん…」
「ここを?曲がってどうするの?何するの?どうして右に曲がるの?なんで?」
…誰か…助けて…。
角を曲がるたびに、何故曲がるのか、どこに行って何をするつもりなのか、リン母に説明しなければコレは避けられないのでしょうか…。
誰かリン母を止めて…。

Chobiflower
↑お花のむこうで大人しく気配を消しているチョビ。

↓止まらないのがリン母。
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2009年6月12日 (金)

そして…

やっと寝静まったリン父とリン母。
今日の一番わけわからんかった発言はリン母発。
『左の右をアレしたら水よね?』

…。
もう何が何やら…。

Photo
↑ヒントはこの写真の中に。

↓意味判る人いますかー?
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2009年6月11日 (木)

明日から…

明日からリン両親がNYにやってきます。
3週間ちょっとの滞在予定ですので、のんびりしてもらえそうです。
とはいえ。
滞在中どれぐらい説教くらうことになるのか…。
まずはクローゼットのジーンズから始まると思います。。。

ということで、がんばれ〜リンコ〜〜。負けるな〜〜リンコー。

Salad
↑全然関係ないですけど、今日のお夕食。サーモンサラダ。ポーチドエッグがトロトロで、チョー美味でした!

↓明日からしばらく日本食攻め。
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2009年6月10日 (水)

衝撃の新事実(私にとってだけ)

本日、ん十年間知らずに過ごして来ていたことを突然知る事になり、衝撃のあまり道ばたで立ち尽くしてしまいました。
それは
『サンキストドリンク』
の語源。
ていうか、語源もへったくれもないんです。
いえ。これは二の次なんですけどね。
今日はポールの御誕生日だったんです。ひねくれもののポールは、フンフンみたいに「御誕生日おめでとう」って言って「ありがとう」なんて可愛らしく返事なんか絶対しません。それに、フンフンは、ワニのぬいぐるみや恐竜のぬいぐるみをあげると凄く喜んでくれましたが、ポールは「御誕生日のお祝いなんかいらんないよ」ってシラーっとします。だからアホらしいのでお祝いは無しですが、せっかくなので一緒にディナーを食べました。
そこで私が「ウーン。喉が渇いた。何か不健康なドリンクを飲みたい」
と言ったところで、ポールが「サンキストオレンジとか?」って訊いたんですよ。
その時です。
衝撃の瞬間は。
ポールはアメリカ人なので、郷ひろみの『サンキストードリーンクー」という発音とは訳が違います(年がバレるな)。
ポールが『サンキストオレンジ?」と言ったとき、
私の耳には"Sun Kissed Orange?"と聞こえました。
ていうか、そう発音したんです。ポールが。
「…え?」
「いやだから、サンキストオレンジとかが飲みたいの?」
ガーン。
ガーン。
ガーン。
ガーン。
そうか…。サンキストドリンクはSun Kissedだったのか…。そこから来ていたのか…。
本当にしばし立ち尽くしました。
うーん。こんなことに今まで気がつかなかったのは、もしかして私だけか?とも思いますが、それでもいいんです。私にとっては衝撃で新鮮である意味脳みその刺激がフレッシュで素晴らしい瞬間でした。
神様ポール様郷ひろみ様ありがとう。

そして追加の衝撃。
サンキストドリンクの画像を探してみたら、日本ではすでに販売中止?なんですかね?全く見つからず…。ヤフーでは、『郷ひろみサンキストドリンクポスター』がオークションにかけられていましたが、画像無し。画像無しで誰がポスターを落札するんじゃい、と思いつつ必死で探しましたが、画像はどこにも無し。
仕方なくアメリカのサイトを探したら、すぐにありました。
でも、こんなのサンキストじゃない…。

Sunkist
↑なんか違う…。

Sankist
↑おお。やっと見つかったどっかのベンチの背もたれ。コレ。コレですよサンキストは。

Sankist2
↑コレも。

郷ひろみが「サンキストードリーンクー。体にいいこと、何かやってる?」って言ってたんですよね、確かテレビCMで。あのCM結構好きだったなー。ちょっと三枚目風の郷ひろみが珍しかった。ですよね。

↓年がバレバレ。

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2009年6月 9日 (火)

免許証再発行

先日お財布を無くして以来、あれこれと後始末に時間がかかりましたが、中でも一番大変だったのが免許証の再発行です。
コレ、実は引っ越し前だったら多分オンラインで手続きできたはずなんですが、引っ越しをして後、しばらくたつのに住所変更届を出していなかった私が悪かったんですが、オンラインで再発行手続きができると聞き、喜んでアクセスしたら『紛失した免許証に記載されている住所と同じ住所の場合のみ、オンラインで手続き可能』と説明書きがあり、がっくり。
仕方なく申し込み用紙をプリントアウトし、全て記入してからDMV(Department of Motor Vehiclesの略ですね)に行きました。
場所はマンハッタン34丁目のど真ん中。妙な場所ですが、メイシーズのお向かいにあるショッピングモールの最上階にあります。
直通エレベーターであがるとそこには受付に並ぶ人々の長蛇の列。
ううう、と思いつつ、列の最後尾につき待つ事約20分。
やっと無愛想きわまりないうけつけおじさんの元にたどり着き、「免許証をなくしました」と言うと、「これを記入して座って待って」と言われ、番号札とプリントアウトしておいたものと同じフォームを手渡されました。
実は色々とテンパっていた私。携帯電話もせっかくプリントして記入したフォームも全て家に置き忘れてしまっていたことに、この時初めて気がつき、「ぎいえええ…」と独り言をいいながら、改めてフォームに記入しました。
電光掲示板には今受付手続き中の番号が出ています。
私の番号は『B455』
電光掲示板にはH788とかI044とかA243なんかと混じってB376という数字が。
…ということは、私の前に80人近い人が待っていると?
そしてこれから80人ぐらい手続きが終了しないと、私の順番が回ってこないと?
一人1分で計算しても1時間20分。
しかも一人1分で終了するはずがない。
少なく見積もって一人10分。
てことは800分?って?何時間?

気が遠くなりましたとも。
でも、今日を逃すとまた明日から忙しくなるし、せっかくここまで来たんだし。
ええい。待つぞ。待ってやる。

待ちましたとも。
携帯も無く、この後アポイントのあったドクターに『遅れます』の連絡もできぬまま、結局それでも2時間弱。やっと私の順番がまわってきた時には、うれしさのあまり笑顔で受付のお姉さんに駆け寄りましたとも。

「免許証無くしました。住所変更も必要です」
「あそう。じゃソーシャルセキュリティー番号を入力して」
パチパチパチ。
「はい15ドルね」
コンピューターに向かってかちゃかちゃと何やら入力しているお姉さん。
となりの受付窓口では、視力検査が必要な人が何やらもめている様子。

「視力検査しますから、こっちのボードを見て読み上げてください」
「私メガネをかけないと駄目なんです」
「じゃあメガネかけて」
「今日メガネを忘れてきちゃったわ」
「メガネを持っていないなら今日は駄目よ」
「私、メガネは持ってるんです」
「じゃあかけてこっちで検査受けて」
「でも今日はメガネを持ってきてないんです」
「…メガネを持ってないなら今日の検査は無理よ」
「いえ。メガネは持ってるんです」
「……じゃあかけてください」
「今日は持って来てません」
「…だから、メガネをかけないと運転できないなら、メガネなしでの検査はできません」
「私はメガネを持っているんです。ただ今日は持って来ていないんです」
「……」

……。
私と私の受付のお姉さん、耳がダンボになりました。
そして、この時点で我慢できず、ブハーッと爆笑しました。
でも爆笑しているのは私とお姉さんだけ。
となりの受付窓口では、不毛な押し問答が延々続いていました。
まあ女性の気持ちもわからなくはありません。
きっと彼女だって2時間ぐらい待ち続けて、やっと受付にたどり着いたらメガネがなかった。そして今日の受付は駄目って言われても、なんとかならんもんか、って思いますよね。
私だってせっかく記入したフォームを忘れて来ちゃったし、人間慌てているとロクなことがありません。
私のほうは15ドルを支払った後3秒ぐらいでテンポラリーの免許証をプリントアウトしたものをもらい、終了。受付から終了まで約3分ぐらいでした。
この後、大急ぎで診療所に向かいましたが1時間の遅刻。
ホント、すんませんでした。

↓あまりに肩が治らないので、ついに痛い注射をしていただきました。痛くて死ぬかと思ったわ。
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2009年6月 7日 (日)

FDNYメダルデー<2>

『別館ふにゃら』でお伝えしましたように、お財布をなくしてヘコんでましたもんで、昨日メダルデーアップできませんでした。とほほー。すんません。

さて、メダルデーの続きです。
式典は毎年屋外の公園内で行われているそうなのですが、今年は雲行きが怪しいということで、Pace Univercity(ぺイス大学)の地下バスケットボールコートで行われることになりました。
キョロキョロしながらNews Dayの記者にくっついて大学構内に潜入。
ロビーも地下まで降りる階段も廊下も、どこもかしこも消防士だらけ。すごい人ごみですが、全員ドレスユニフォームなので、ごちゃごちゃした感じはしません。よくよく見るとおっさんど80%なんですが、爽やかな風に見えるところがユニフォームマジックですかね。

Medalday9
↑フラッシング(東海岸で最大のチャイナタウンがある街)の消防署集合写真です。旗の書体がチャイニーズ風ですね。それにしても、おっさん度高し…。

Medalday8
↑ここも制服消防士だらけ。そしておっさんだらけ。

Medalday10
↑FDNYバグバイプ隊登場。バグパイプの音色ってなかなか切なくて良いですよね。殉職したファイアーファイターのお葬式では、必ず教会の裏庭でバグパイプの演奏が行われるんですって。切ないですね…。

Medalday21
おっさん消防士の敬礼。

Medalday11
↑ブルーンバーグ市長がメダル授与。この後、メダル授与から家族写真撮影と、延々続きます。市長も大変ですね〜。

Medalday14
↑こんな感じで家族と市長と一緒に撮影です。ブルーンバーグ、目がイってます。もうええ加減にしてくれや…って顔ですね。

Medalday13
↑おお。メダル授与を待つ消防士達。これはなかなか凛々しいですね。でも全員ズボンのたるみ具合が同じ感じなのはどうしてですかね。

Medalday15
↑最後の一人か? ブルーンバーグ『腹ペコじゃ…』って感じですかね。

Medalday22
↑FDNYの公式ウェブからの流用ですが、コレ、ポールの消防署の人々です。
ちなみに左上から二番目の顔半分切れてるのがポールさん。ど真ん中でワーって歯を見せて右手を上げているのは、かのジョン・ボンジョビの甥っ子ショーンくんです。そしてその下にいるネイビーのジャケットを着てカメラを構えて笑っている人は、昨年のFDNYファイアーファイターカレンダーの表紙を飾った人だそうです。もちろん現役のファイアーファイター。そして、何故か彼だけが叱られ、表紙は削除されたそうです。ファイアーファイターカレンダーも今年で廃止になっちゃって、残念ですね。

Medalday18
↑式典が終わり、シーポートまで歩いてポールとランチしました。ポールがトイレに行っているスキに、ユニフォーム帽子写真撮ってみました。

Medalday19
↑ポールの消防署パッチ。なかなか可愛らしいですね。

それにしても、長い式典でした。
結局3時間半ぐらいだったかしら。一応メディアステージみたいに高くなっている所に陣取り、写真を撮りまくりましたが、あまりの長さに途中でステージから転げ落ちて寝そうになりました。他のカメラマンや記者達も途中からダレはじめ、コーヒーを買いに行ったりおやつを食べたりメールしはじめたりしていました。
でも、こんなイベントに潜入できるなんてなかなか無い経験なので、楽しかったです。まあイケメンは一人も見掛けませんでしたけどね。いや。そもそもあまりに皆さんが巨大で、私なんて完全に消防士達の海に埋もれて、あまり周辺が見渡せなかったっていうのが正直なところです。
私から見るとポールって185cmぐらい身長があるし、恐竜みたいにデカいといつも思うんですが、彼が「ボクは消防士の中ではミディアムサイズだよ」って言っていた意味がやっとわかりました。ホント。185cmでスリムなポールは、こんなに大勢の消防士の中ではミディアムサイズです。みなさん、本当に立派な体格でした。

Medalday17
↑こんな可愛いものもありました。飾りかしら?

Medalday16_3  
↑では、最後にリクエストにおこたえしてポールのドレスユニフォーム姿です。私には路面電車の車掌さんにも見えるんですが。いかがですか?

↓イケメン消防士なんて本当に存在するんだろうか…?
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2009年6月 5日 (金)

FDNYメダルデー

先日、消防士ポールから電話がありました。
「メダルデーに来たい?」
「行きたくない」
「なんでっ!?」
「メダルデーって何?」
「何なのか知りもしないでなんで行きたくないって言うんだ!」
だって、なんか最初の口調が命令調で気に入らなかったんだよ…。

と不毛な会話を交わした後、そのメダルデーが一体何なのか説明してくれました。
つまり年に一度、その任務中に人命救助などで素晴らしい働きをしたFDNY所属の消防士、救命救急師などを表彰し、メダルを授与する式典なわけです。

へええー。それで何人位消防士が集まるの?
「さあ…たくさんだよ…」
全員消防服で?
「そんな…アホな…」
じゃ普段着で?
「ノー!」
ブチ切れ寸前のポール。いや、しかし式典というからには、やっぱりドレスユニフォームですよ、ドレスユニフォーム。
「そうだよ。全員ドレスユニフォームだよ。ボクも行くよ」
ひゃー。ドレスユニフォームかー。んじゃ行くよ!
「…じゃ、午前11時からだからね。ボクはファイアハウスのチャーターバスで行くから、式典が終わったら落ち合ってランチでもする?」
おっ。ドレスユニフォームのファイアーファイターとランチねっ。相手はかわりばえせんポールだけど、ドレスユニフォームを着たファイアーファイターだと思えばちょっとは気分も変わるよね(ヒドい)。
ということで、おっきなカメラを持って駆けつけました。一生懸命早起きして。

Medalday1_3  
↑いたいたドレスユニフォームの消防士が売るほどっ。

ちなみに白い帽子の人たちはチーフとかルーテナントとか、ちょっと地位が上の人々です。彼らは必ずしも年長とは限らず、テストを受けて受かった人たちがなるので、年配でも平消防士のほうが良いと思ってテストを受けない人たちもいれば、若い時にすぐテストを受けてチーフになる人もいます。平消防士はネイビーの帽子ですね。

Medalday2
↑私が大好きなパッチ。いわゆるワッペンですよね。それぞれのファイアハウスがオリジナルのニックネームを持ち,オリジナルのロゴを作ってこんなワッペンを作っているんです。全部欲しくなります。

Medalday3
↑コレもかっこいいな。(人じゃなくてワッペンね)

Medalday5
↑おっさんワッペン(いや、虎だけど)。

Medalday6
↑全員同じファイアハウスですね。

Medalday7
↑女性職員。救命救急士かな?ワッペンもカッコいい。

式典場に入る前に写真を撮りまくり、写真疲れしました。
ここまで大勢いると、イケメン消防士を探すのも並大抵の苦労ではありません(バカ丸出し)。たくさん写真を撮ったので、もうちょっとおつきあいくださーい。

↓リンコはイケメン消防士と出会えたのか?待て、次号!
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2009年6月 3日 (水)

カレー

『別館ふにゃら』で書いていますが、カレー大食い大会観戦に行って来たんですよ。
そんでもって、『向こう一ヶ月ぐらいカレーはいらんわ』って公言したんですよ。
だってあまりにも大食い大会の様がすごくて…。

なのになのにああなのに。
なぜでしょう。
道を歩いて居たら突然強烈な空腹感に襲われ、行き倒れになりそうになった瞬間頭に浮かんだのは『カレーライスが食べたい…』の一言…。

食べに行きましたよカレーライス。
それもカツ専門店のカツカレー。
トンカツカレーではあまりにこってりなので、チキンカツカレーにしてみました(あまり違わん気もする)。

Curry
↑美味しかったー。しかしあまりの量に半分ぐらい食べ残し。そして、また『向こう一ヶ月ぐらいはカツカレーはいらんわ』な気分です…。今は。

↓そして今夜のお夕飯は『チキン照り焼き』。私ってこってり系好き?
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2009年6月 2日 (火)

フレッド

近所のドッグランで超人気者の犬ちゃんがいます。
その名は『フレッド』。
そう。あのフンフンと同じ名前です。
黒犬です。多分雑種です。胴体が太くて首がなくて(いや。あるけど)、胴体の上に直接顔がくっついてるような感じのスタイルです。
そして、フレッドは超超超愛想が良くて、ドッグランに入ってくるとその場にいる全員の人々にシッポをお尻ごとふり倒して満面の笑みと共にご挨拶に来てくれます。こんにちはこんにちはこんにちはったらこんにちは。って感じです。もう本当に本当に可愛いんです。
Fred
↑え?オイラのことかい?


そして、最近丸い物を二個手術で取られてしまったかわいそうなチャーリーは、茶犬。
最近オーナー夫婦に赤ん坊が生まれ、嫉妬からか寂しさからなのか挙動不審らしくて、先日も股間を自分で噛みながら、クーンクーンと世にも哀れな鳴き声を出し続け、その場に居合わせた男性陣の涙をさそっていました。

Charley
↑チャーリーです。若いお嬢さんを無理矢理手篭めにしようとしているように見えます。

Charley2
↑ちょっとだけ。すぐ済むから。な、な。
と言ってるように見えますが、後ろから見るとつるんとした股間が寂しい…。しくしく。

Fred2
↑チャーリー:な。な。ちょっとだけ。ちょっとだけやから、な、な。
フレッド:ねえチャーリー。無理矢理はよくないんじゃないかな、無理矢理は。
若いお嬢さん:そこの黒いアンタっ。ボーっと突っ立ってないでなんとかしてよっっ!

↓今日もなんとなく昨日の話題と共通するものが…。
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2009年6月 1日 (月)

うどん

T書店のHさんに日本のお土産をいただきました。
うどんです。
おいしそうな。

Udon1
↑…え?

最初見た瞬間、なんとなく違和感があったんです。
でもホテルのロビーでしてし、Hさんの奥様もいらっしゃったし、その違和感を追求することなく他にいただいたたくさんのお土産と一緒に袋に入れて、持ち帰りました。
帰宅後もう一度よく見たんですが。

Udon1
↑うーん…。

ちょっと角度を変えてみたら。

Udon2
↑あっ。そうか。

…でも、なんか漢字が分解して見えたりして、ますますヤバい感じもします…。

↓下品な話題ですんません。でも最初マジで焦ったんです…。

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